ジュエリーなんていうもの- 富の象徴か人の心に寄り添えるものか?

「ジュエリー」というと、お金持ちが富の象徴として持っているというイメージしかないけれど、

違うのだということを、たぶん言いたくて私は仕事を続けているのかも知れないと思う。

このあたりは、ジュエリーの業界の中でも、色々な立場の人たちがいて、それぞれの考え方があっていいと思う。

けれど、今生きている人たちが何を求めているかといえば、「富としてのジュエリー」より「心の支えとなる。」とか「なんとなく気持ちを軽くする。」モノなんじゃないかなと。

それが、ジュエリーだったらもっと深く、もっと身近に関われるという提案をしてみたいのです。

元々、私がこの仕事を始めたのは、単に父の町によくあった「時計屋さん」が始まりだった。
ずっと、「ジュエリー」=金持ちの見せびらかし
と考えていたから、自分の仕事ながら、お金持ちにだけに売るということに関して、ひどく違和感を覚えた。

たぶん、今ジュエリーを買わない人の考えとは、以前の私と同じだと思います。

心に訴えかけないものに、自分の生活のスタイルや価値観を考えて、それに合致したものしか買いたくない。- のである。

だから、ジュエリーが売れないのも、しょうがないよなあと思う。

私は仕事を通じて、日本の昔からつながっている技術を継承して、今の日本のジュエリーづくりをしているクラフトマンたちに、幸運にも出逢うことができた。

その、日本の金工の仕事は、歴史がたどって来た背景があって、いかに西洋起源のジュエリーだとしても、その中に「西洋の伝統を越える日本の独自の何か、を持つことができる。」のだと気づいてから、私の考えは変った。

日本のジュエリーは、人の心に寄り添えるジュエリーをつくっていけるような気がしている。

そこに、知的なコンテンポラリー・アートの力も加われば、相当とんがった、意味のある、ジュエリーが出来上がると予感している。

今は、その伝道運動。

語って、伝えることをあきらめなければ、
時がくれば、
この価値を人々は気づくのだと思う。

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