ちょっと居心地の悪いところに身を置いてみること – ジュエリー屋なんだけど

時間が空いたときは、なにか見えない力がある

ここのところ、異分野のところに顔を出す機会が増えたような気がします。

折紙工学のレクチャーだとか、台湾関係のマスコミ研究会だとか。

まったく自分には脈絡も無いのだけれど、ちょっと自分の興味に引っかかっていて、機会があったときにたまたま時間が空いていたりするっていうことがある。

これはもう、なんやら目に見えない何かが働いて、時間を空けることを可能にしてくれたんだと感じる。

自分と異分野の、アウェイに行くって実に緊張するのだけれど、本当にびっくりすることばかりだ。そして楽しい。

折紙工学のレクチャーでは、彼らが戦っているのは世界で、実にオープンで、動きが早い。

数理学者なのにアーティスト。そして、驚くほど若い人たちが第一線で活躍している。

一方、台湾関係の研究会は、若い方もいるがぐっと年齢層も上がって、ジャーナリストや研究者、院生などが参加していた。

台湾の植民地統治時代から現在の日本との関係までの興味深い内容だった。

ジュエリーって基本中心がヨーロッパと考えられているけれど、これからはヨーロッパ的な合理主義では割り切れない、なにか新しいモノづくりをし発信していくべきなのではないかと思っている。

私としては、基礎知識を感覚的に得るには、海外のジュエリーショーに行くより得がたい情報であった。

居心地の悪いところに行くこと

自分の業界の人たちが、行かないところに行く。

生きているんだから、色々な分野のことを知りたいし、人と知り合いたい。

アウェイに来たときの、この居心地の悪さは半端ない。

何しろ私は、千歳船橋のジュエリーショップのおばちゃんなので、やっぱり色々な組織の看板背負っている人たちと違って、一般的に「この人なにもの?怪しい?」と思われて排除されるのが、一般的で普通だろう。

それでも時々、こちらの話に耳を傾けてくれる人がいる。

人の、情熱だとか熱意だとか、実際にやっていることだとかをサッと感じ取って話を聞いてくれることがある。

ただ一人の人間として向き合う、後ろ盾になっている地位とか組織とか、そういうモノを考えずに向き合ってくれる。

そういうとき、いい人間関係が生まれて、いい仕事につながったり、なんだか目に見えない力が生まれるような気がしている。

つい人は「○○の何々です」って名前を名乗りたくなるんだけど、それが無くても、一人の人間として立てるってことがとっても大事なんだなあと思います。

基本はジュエリー屋のおばちゃんということを忘れず、今年も色々やってみよう。

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