宝石屋のおばちゃんから、地域のコミュニティを考える

地域で続いているお店もまんざらではない

シンコーストゥディオというお店は、父の代から数えると50年もこの千歳船橋で続けていることになる。
とはいえ、うちの場合は完全のオリジナルジュエリーに移行してしまったので、父がやっていた街の時計・宝石・めがねのあの懐かしい感じとはまた違ってしまったかもしれません。
シンコーストゥディオ
けれども、最近狭い狭い、この地域にこだわっていることが、実は結構よかったのではないか?と思っています。
色々な方々に、オリジナルのジュエリーを販売するのに、こんな場所ではとか。
本気で売る気があるならもう少し都心へ出て行けば?と、随分アドバイスをうけたものです。
確かに、「ジュエリーなどの高額品をこんな各駅しか止まらない駅で販売していても確かにダメかもしれない。」
と、思いながらも、都心部に出て行く勇気がありませんでした。
一番の理由は、「おそらくここでお客様を呼べないのに、都心に行っても難しいだろう、まずここで踏ん張ってみよう。」と思っていたことでしょうか。

働く女性のコミュニティをつくってみた

2011年3月に東日本大震災が起こって、日本人の価値観が少しずつ変ったと思います。
もちろん私自身も、あの地震は大きな転換のきっかけだったかもしれません。
とにかくいつも通りにお店を開けておく事。
「いつも通り」
その言葉が、実は非常にもろいものなのだということを地震の発生で強く感じました。
地震のときは、電車も止まり、職場は休み。
普段は仕事で地域にいない人、あるいはいつも忙しい人たちも地元周辺で動くしかない。
しかも、放射能の不安。
ジュエリーは全然売れなかったけれどスタッフは休みにしましたが私は一人お店を開けていました。
すると様々な人がお店にやって来ては、色々話していく。
心の不安、家族のこと。
不思議な期間でした。
うちのお店も少しは、地域の役にたっているのかしら?
少しだけ、自分のお店の存在価値を感じることができました。
ある日うちのお店にいらっしゃる通訳の仕事をしている女性とお話をしていて、「チトフナ(小田急線・千歳船橋)の近辺に住んでいる、キャリアのある女性たちの集まりをやってみましょう。」ということになりました。
「チトフナ働く女性ミーティング」なんていう名前をつけてみてお店を開放し、軽い食事をしながらお話をする場を設けました。
お店にいらっしゃる働いている女性のお客様を中心に、声をかけたら、どの方も、どの方も来たいというのです。
正直、主催する私の方がその反応に少々驚いたほど。
このとき気がついたのは、40代50代前半のいわゆる、雇用機会均等法施行初期にキャリアを持った女性たちの心境です。
男社会で仕事を始めた方々が、仕事もある程度の地位になるまでがむしゃらにやって来て、結婚や出産をへて、地域に戻って来たという印象を受けました。
15人ほどの人数があつまり。またそれがとても面白い方ばかりでした。
しかも皆さん国際的な仕事についている方や、地域のコミュニティをきちんと育てているようなかたちょっととんがった方ばかり。
仕事のほかに、何か社会に関わっていこうとする姿勢が共通していて、また人生を達観しているというか?そんな感じをどなたからも受けるのでした。
何人かの方はSHINKO STUDIO 「STORY BOOK」 で紹介しています。

こだわるものほど地域で続いているお店で

こういったコミュニティに関わると感じるのは、「狭い地域でやっていることが悪くもない」ということです。
とはいえ、キャリアを積んで来た方々の商品や、ものの売り方や、美的センスへの要求は非常に高いと思います。
いい仕事を提供しつつ、人としてきちんと付き合っていくことが求められる。
そう考えると、自然と背筋が伸びてきます。
いつまでも、顧客が納得できるものを提供していく覚悟。
きっとこだわりの高いものほど、安心できる地元のお店で買いたいよね?本当は。
そう思いながら、今日も宝石屋のおばちゃんは仕事をしています。

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