今朝の朝日新聞Globeの特集は「笑いの力」だった。
Globe Web
24年前に、ユーゴスラビア紛争のさなか起きた「サラエボ包囲戦」で生き延びた人たちの笑いとユーモアについて。
「ユーモアと想像力で、平常心と日々の営みを保つ努力を続けた。」と24年前を振り返った記事があり、改めて「笑う」ということの意味を考えさせられた。
国家権力に、ユーモアで対抗することは、とても有効らしいのです。「権力者はユーモアに対してまともに反応したら馬鹿にうつる。反応しなかったら弱虫になる。どっちに転んでも不利。」(朝日新聞Globe)なんだそうです。たしかにそうかもしれません。
「笑い」というのは、人間の「業」だとか、「隙」だとか、そういったダメダメな部分なんだけれども、そういうのってやっぱり面白い。
たとえば、日本の江戸時代に花開いた、浮世絵や金工の仕事にも、大変なユーモアが潜んでいて私はそういう視線でつくられた物が大好きです。
かんざしなどのモチーフの中には、鬼が傘の内職にいそしんでいていたり、出島の外国人を面白く描いているものがあったり。
いわゆる「洒落(しゃれ)」と呼ばれるもの。
そういう精神が日本のもの造りには息づいている。
馬鹿みたいに精力を注いだ仕事に洒落のエッセンスがちりばめられていたりもします。
人間の「隙」だとか「不完全さ」とか完璧じゃない部分がいとおしい。
そういう感情をどこかに表現したくて、チャームのシリーズを造った経緯があります。
ちょっと太った麒麟やしっぽがからまっちゃた龍などなど(上の写真参照)
鳥獣戯画チャーム
Globeのなかで
・「人間ってみっともないものでウソもつくし、人のものに手を出すこともある。それをいかに認め笑いのめすかだ。」(マイキタスポーツの槙田雄司)
・「自分を笑える能力は人の力強さを表している」(ヤスミンコ・ハリロビッチ)
笑っていこう。
コメントを残す